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S先生の日本史質問帳。
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講義と連動したブログです。
学生から寄せられた質問にお答えします。
というわけで、質問がなければ更新はゼロの予定です(笑)。
4月になったら本格稼動する…のかな?
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今日の史跡(平安時代中期)。

2012/05/19 03:21
今日は質問はありませんでしたが、感想はいつもちゃんと読んでいますよ。
ありがとうございます!

さてそれで、今日取り上げた史跡や、紹介できなかった史跡の写真をアップしますね。

○平等院
これが講義で話していた「西日が差してる鳳凰堂」です(クリックで拡大)。
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後ろがパアッと明るくなってるのがわかりますかね?
秋分の日から一週間後の9月30日の、夕方4時前ごろに撮りました。
本堂付近の拡大写真はコチラ(クリックで拡大)。
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まあこういう美しさは写真では伝えきれないので、ぜひ一度生で見てみて下さい。

こちらは源氏物語のゆかりの地の紹介です。
・石山寺
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石山寺は、聖武天皇の発願で奈良時代の747年(天平一九)に建てられたお寺です。
その後、菅原道真の孫である淳祐(890年〜953年)の時代に発展しました。
「紫式部は石山寺に参籠して『源氏物語』の着想を得た」と伝えられています。

で、本堂にあるのが、この伝承にちなむ「源氏の間」。
画面右端に釣鐘型に口が開いて看板がかかってるところがそれですね。
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正面から見た写真がこちら。
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このほか、紫式部供養塔なんていうものもあります。
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来週はいよいよ史跡見学ですね。
良いお天気になるよう祈りましょう!
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今日の史跡(平安時代前期)。

2012/05/12 00:51
今日は質問を一つもらいました。
ありがとうございます!

Q東寺の御影堂も、京都の古都文化財に登録されているんでしょうか?
東寺が世界遺産の「古都京都の文化財」に指定されているので、東寺の建物はすべて指定されています。
御影堂はそれだけではなく、国宝にもされていますよ。

さてさてでは、講義で取り上げた史跡を紹介します。

○東寺
・五重塔
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これは講義でも取り上げたので説明は省略。

・講堂
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ここの21体の仏による立体曼荼羅はいつ見てもド迫力です。
配置がまた実に上手いことできてるんですよ。
中央に五智如来、右に五大菩薩、左に五大明王、両端に梵天・帝釈天、四隅に四天王像。
うち15体が国宝。見てるとクラクラします。

・金堂
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建物は国宝ですが、本尊の薬師三尊像は後世の物。
逆に、講堂の場合建物は再建なんですが、仏像は多くが平安仏なので、ちょうどさかさま。

・御影堂
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講義で取り上げましたが、画像は見せそびれてしまいました…。
ある意味「東寺で一番重要な建物」です。

・宝蔵
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あんまり知られてませんが、東寺の宝蔵は校倉造です。
周りの濠にはハスが一面に。

○西寺跡
さて、東寺とペアで作られたお寺が西寺です。
こちらは東寺と違って摂関時代(1000年頃)から衰微し始め、
1233(天福元)年に塔が焼けてからはほとんど史料に登場しなくなり、
(もっとも、東寺だって摂関〜院政期はちょっと経営が傾いてたんですけど)
現在は公園になっています。
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今は講堂跡の土塁と礎石が3つ残っていて、土塁のところに石碑が建っています。
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先週の史跡(飛鳥時代)。

2012/04/28 02:26
[先週の記事を見つけたので復旧しておきます]
今日は早速質問をもらいました。ありがとうございます♪

Q学生が抱きついて壊れた像の手は修復されました?
A広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像のことですね。
 1960年に学生さんが抱きつこうとしたときに右手の薬指が折れてしまったんですが、
 破片を継いできちんと修復したので、今では人の目で見ても折れたことはわからなくなっていますよ。
 すごい技術ですね。

Q『日本書紀』にはいくつもの誤った記述が書いてあったことが判明したと聞いたことがあるんですが、
 そこのところはどうなんでしょうか?
A「事実と異なると思われる記述」は、確かにたくさんあります。
 たとえば、「聖徳太子が皇太子となった」というのは、当時は天皇や皇太子といった言葉がまだないので、
 事実とは明らかに異なります。
 『日本書紀』に限ったことではありませんが、どんな史料でも、悪気なく間違えた部分や、
 わざと嘘を書いた部分、昔のことを遡って書く時に昔の言葉ではなく当時の言葉で書いた部分など、
 いろいろな間違いが生まれるものなので、そこを考えるのが難しい所なんですね。

さてそれで、ここでは今日の講義で取り上げた法隆寺その他、斑鳩近辺の史跡の写真をご紹介します。

・法隆寺西院
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ここが実質的に法隆寺の中核ですね。
具体的には、
大講堂
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金堂…有名な釈迦三尊像があるのはここ。
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五重塔
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(回廊外だけど)大宝蔵院…玉虫厨子とかがあるのはここ。
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・法隆寺東院(夢殿)
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こちらは境内内撮影禁止。
八角形の建物が特徴なんですが…まあ実物見ないとわかんないか。

続きまして、京都の太秦にある広隆寺です。
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なんたってお目当ては弥勒菩薩半跏思惟像。
(仏像の写真は紹介できませんけどね、撮影禁止だから)
結構ちっちゃいな〜という印象になると思います(像高123.3cm)。
そういうのも、実際に目で見ないとわかんないですよね。
写真だと、どれも似たような大きさに見えてしまうから。
新霊宝殿にはかなりの数の仏像がずらりと並んでいて壮観です。

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広隆寺の由緒は、秦河勝が聖徳太子から仏像を譲り受け建てた蜂岡寺がその始まりと考えられています。
(蜂岡寺の当初の位置は北野廃寺跡とする説が有力)
講義でも話したように、近辺には秦氏関連の社寺や遺跡が散在しています。
例えば広隆寺の東に行ったところにある蚕ノ社(木嶋坐天照御魂神社)。
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境内内の元糺の池にある、鳥居を正三角形に組合せた三鳥居(由緒は不明らしいです)。
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この辺の話については、京都市歴史資料館のサイトが非常に詳しくておススメです。
http://www.city.kyoto.jp/somu/rekishi/fm/nenpyou/toshi_n_frame.html

という感じです。
みなさん、ぜひぜひ直接自分の目で見て見て下さいね。
せっかく身近にあるんですから。
仏像類などは、宝物館などで現物をほんとに近くで見ることができますよ!
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今日の史跡(奈良時代)。

2012/04/28 02:23
??先週書いた記事が消えてる…なぜだろう??
先週はせっかく質問も来たので喜んで回答したのですが。
復活させることができたら何とかやってみます。

さてそれで、今日は質問はなかったので、取り上げた史跡の写真を紹介しましょう。

・平城宮大極殿・朱雀門(復元)
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講義でも言いましたけど、「遺跡だけ残っている空き地」よりも、
「建物が復元されているところ」の方が、きっと観光客にとってより楽しめるんですよね。
そうやって復元された建物の中には、いい加減なものもあるんですが、
この平城宮大極殿・朱雀門はとっても立派なものです。
見た瞬間「でけえなあ」と思います。

さて次に、「奈良に現存する奈良期の建造物」の写真集です。
・東大寺転害門
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・東大寺三月堂
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・正倉院
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手前の柵のところまでは行けるので、結構近くで見られます。

・薬師寺東塔
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「奈良に現存する奈良期の建造物」は、他には唐招提寺金堂・講堂・経蔵・宝蔵、新薬師寺本堂ぐらいです。
残っている数が少ない理由は、
ほとんどの建物が1180(治承4)年の平重衡の南都焼き討ちで焼けちゃったからです。
まあもっとも、今日説明したとおり、
京都だと「平安京域に現存する平安期の建造物」というのは存在しないのですが。
(もちろん応仁の乱のせい。
 平安京域で一番古い建物は、1221(承久3)年に建てられた千本釈迦堂(大報恩寺)です。)


最後に、おまけ。
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東大寺二月堂(「お水取り」の行事が行われることで有名)から奈良市街を見た景色です。
これがなかなかいい眺めで、ちょうど京都で言うと「清水の舞台からみた京都」のような感じです。
東大寺に行ったら大仏殿だけではなく、ぜひいろいろと回ってみて下さい。
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来週が期末試験です。

2012/01/19 17:01
今日で全講義15回が終了しました。お疲れ様でした。
いよいよ来週が期末試験ですね!
良い成績が取れるように、みなさん頑張ってください。
くれぐれも、風邪などひかないように、体調に気を付けてくださいね。
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今日の史跡(大正時代・戦前)。

2012/01/12 17:42
さて今日の史跡です。
講義で紹介したように、大阪の中之島には、
明治の終わり〜昭和の初めにかけて建てられた建物が、いくつか残っています。

・中央公会堂(1918(大正7)年完成)
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・中之島図書館(1904(明治37)年完成・1922(大正11)年増築)
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・日本銀行大阪支店(1903(明治36)年完成)
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・水晶橋(1929(昭和4)年完成)
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いろいろと「大阪らしくない」雰囲気でw、先生は大好きです。

他にも、中之島の東の端は公園になっているのですが、なかでもバラ園は6月ごろに見ごろになります。
みなさん6月頃にぜひ一度行ってみて下さい。

講義もいよいよ次回で最終回ですね!
再来週の試験まで、みなさん寒さに負けず元気に乗り切って下さい。
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今日の史跡(明治時代)。

2012/01/05 22:58
今日は質問がなかったので、史跡の紹介です。
というか、厳密に言うと「史跡」でありませんが…。
今日の講義で紹介した京都の市電に、今でも乗ることができる場所をご紹介します。
それは、愛知県犬山市にある明治村です。

写真は明治村の市電。
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車内はこんな感じです。
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(って、あんましよくわかんない写真でスイマセン)

明治村はいろいろな場所に残されていた明治時代の建物を保存するテーマパークで、
例えばSLなんかも動態保存されていて乗ることができます。
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他にもさまざまな建物の中に入れるし、イベントもいろいろ行われています。
関西からでも新幹線を使えば日帰りで行けるので、
機会があればぜひ一度行ってみるといいでしょう。

ちなみに、京都の梅小路公園内にも京都の市電が展示されていて、
また公園内にある「梅小路蒸気機関車館」という博物館では、蒸気機関車に乗ることができます。
コチラは近くて気軽に行けるのでオススメですよ。

ではでは、講義も残り2回になりましたが、試験に向けてみなさん頑張って下さい。
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今日の質問&史跡(江戸時代後期・末期)。

2011/12/22 23:40
今日はひとつ質問をもらいました。ありがとうございます!
Q新撰組の局長近藤勇と、副長土方歳三は、朝廷と戦って死んだのですか?
近藤勇は朝廷軍(明治新政府軍)に捕えられて処刑され、土方歳三は戦って敗れて戦死しています。
朝廷軍(明治新政府軍)と言っても、実際には薩摩・長州・土佐・肥前の諸藩の連合軍みたいなもんですが。

続いて、講義で取り上げた史跡の写真です。
新撰組の屯所だった壬生の八木邸についてもう少し。
今日もお話しましたが、芹沢鴨暗殺現場ですね。
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見学料は1000円とちょっとお高いですが、
寺社のような宗教施設と違って、寄付やお賽銭という収入がないから仕方がないかと。
史跡の保存のためにちょっと協力してあげてるんだ、ぐらいの気持ちで行きましょう。
あと、見学にはお抹茶とお菓子がついています。
詳しい場所は、公式HPでチェック!

八木家からちょっと下った壬生寺には、壬生塚といって新撰組隊士のお墓がいくつかあります。
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時間があったらここにも回って行くといいです。

今日で年内の講義は終わりですね。
みなさんよいお年を!
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今日の史跡(江戸時代前期・中期)。

2011/12/15 23:48
今日は機械の不調でバタバタしてすいませんでした。
そのせいで講義の中で紹介できなかった、日光東照宮その他の建物の写真を紹介します。
まずは日光東照宮から。

門に入る前に、まずそびえ立っているのが五重塔。
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で、門をくぐると…
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見えるのはこの建物。何に見えます?
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これ、ただの蔵なんです。
およそそんな風には見えない派手派手さですが。
正倉院と同じく校倉造ですけど…大違い。

次に左手に見えるのが神厩舎(馬小屋)。
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ここには有名な三猿(見ざる言わざる聞かざる)の彫刻があります。
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実物はとても小さいです。

で、さらに進むと陽明門。
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これがほんとど派手で装飾バリバリの門です。
じっくり見てたらこれだけで何十分も見てられそう。

それをくぐると、その先に本殿・拝殿があります。
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その右手に坂下門という門があって、そこから家康の墓所に上がっていくのですが、
その門にある飾りが、これまた有名な「眠り猫」。
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そこからこんな石段をちょっと登ると…
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家康のお墓があります。
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お墓にたどり着くまでの階段がかなり長くて、確かにけっこうしんどいです。
途中でへばってる人も見かけました(笑)。
ま、頑張って登れば、きっといいこともある・・・かも?

このほか、日光の社寺として世界遺産に登録されているのは、
・日光二荒山神社
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・輪王寺
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ということになります。

ぜひ機会があれば、一度実物を見に行ってくださいね。
東京から電車で片道3時間といったところです。
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今日の史跡(戦国時代・安土桃山時代)。

2011/12/08 17:33
今日は急に寒くなりましたね。
みなさん風邪には気をつけましょう。

さて、今日は特に質問等はなかったので、講義に関連する写真をいくつかご紹介します。

・岐阜城
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織田信長のかつての本拠地として名高い岐阜城。
もとは稲葉山城と呼ばれた戦国大名である斎藤道三の居城で、
1567(永禄10)年に織田信長が攻略し、岐阜城と名前を改めました。
金華山という山の山頂に位置し、「天下の名城」というイメージが強いですが、
実は戦国時代だけで6度も攻略されています。
しかも、江戸時代に入ると山城なんて不便なので、
岐阜城は廃止されて、新たに加納城が平野部に築かれました。
その意味では、こんな立派な天守閣は江戸時代にはもうなかったのですが…
でも、山頂から見下ろす景色は素晴らしいです。
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機会があればぜひ登ってみてください(ロープウェーで上がれます)。

もう一つ、こちらは世界遺産にも登録されている国宝姫路城。
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南北朝時代からお城の原型はありましたが、現在の姫路城の基礎は、
1580(天正8)年に豊臣秀吉が本拠地を姫路に置いたことにあります。
本能寺の変の直後、中国地方で毛利攻めをしていた秀吉がいったん引き返すのも、この姫路城です。
その後、1601(慶長6)年に池田輝政が関ヶ原の戦いの功績で姫路を与えられ、
8年がかりで姫路城の大改修を行います。
現在の天守閣も、その際に立てられたものです。
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現在は平成の大修理中で、中には入れないのですが、本当にきれいなお城ですので、
見に行ったことがない人は、修理が終わったらぜひその目で確かめてみて下さい。
ちゃんと中に登ることができて、姫路の市街が見渡せます。

あと、いろいろな伝説の舞台にもなっていて、有名な『播州皿屋敷』(お菊さん)の舞台も姫路城ですね。
↓お菊井戸
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・出雲阿国の墓
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講義でも話しそびれましたが、かぶき踊りを始めた出雲阿国は出雲大社の巫女だったと言われていて、
お墓は出雲大社から少し西に行ったところにあります。
歌舞伎や演劇関係の方々が、いろいろ整備されてるみたいです。
まあ島根県まで行く機会はそうそうないかもしれませんが…。
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今日の史跡(南北朝時代・室町時代前期)。

2011/12/02 18:57
今回紹介した史跡の写真です。
昨日は講義の中では紹介できませんでしたからねー。

まずはとっておきの写真から。
雪の金閣です!
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普段の金閣ももちろんキレイですが、こういう特別な日の金閣もいいですよ〜。
今ならきっと「紅葉をバックにした金閣」が撮れるはず。

次は吉野の写真を。
世界遺産に認定されていることは、講義で説明しましたよね。

吉野へは近鉄橿原神宮前で乗り換え、さらに一時間弱ほどといったところです。
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駅を見ればわかりますけど、かなりひなびてますよね。
そこからさらにロープウェイに乗って、
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さらにしばらく歩くと金峯山寺の蔵王堂に出ます。
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これが吉野の中心的な建物。

さて、吉野に逃げてきた人々として、天武天皇・源義経・後醍醐天皇の3人を紹介しましたが、
当然吉野にはこの3人に関係する史跡もたくさんあります。
多すぎて全てをあげられませんが、
たとえば蔵王堂から少し下ったところにあるのが吉野朝宮(=南朝)址。
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蔵王堂からさらに奥に歩いていくと、吉水神社。
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ここはもとは吉水院という僧坊で、明治の神仏分離の際に神社となりました。
後醍醐天皇を主祭神に、南朝の臣であった楠木正成、吉水院宗信法印を祀っています。
後醍醐天皇の他、源義経や豊臣秀吉も滞在したと伝えられる書院があります。
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現存最古の書院造の建物で、重要文化財です。

で、もっと歩いて行くと桜本坊。
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桜が咲き誇っている夢を見た大海人皇子(天武天皇)は、「桜の花は花の王であり、
この夢は近々皇位に着くよい知らせです」と教えられました。
そして、壬申の乱に勝利して皇位に着いた後に建てた寺とされているのがこの桜本坊です。


さて、この辺までは大体ひとかたまりなので、まあ2時間もあれば全て見て回れます。
時間や体力がちょっと…という場合は、この辺で一区切りでしょうか。
まだ余裕があるよ〜という場合は、谷を一つ下って上ってして、如意輪寺へ。
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後醍醐天皇ゆかりのお寺で、後醍醐天皇の御霊殿などがあります。
寺の裏手には後醍醐天皇陵が。
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ここから先の史跡まで見たい!という場合は、相当の覚悟が要ります。
というのは、一応山頂付近まで行くバスはあるんだけど、
見て回ろうと思うとどうしても行きか帰りのどちらかが歩きになります。
これがとにかく距離が長いのです。なんせ講義でも話したとおり、山伏の修行の道ですから。
とはいえ、こんな風な良い景色がところどころで見られるので、
頑張って登るだけの価値はあると思いますよ。
↓吉野水分神社をやや下ったところから見た蔵王堂(クリックで拡大)↓
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で、吉野水分神社。
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漢字の通り、「水を分けてくれる」神様です。
本殿は3棟の建物が1つに連結された珍しい造り。

さらにどんどんどんどんどんどん…登って、行き着くのが金峯神社。
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古い、それこそ平安以前からずっとある神社ですが、由来は良くわかりません。
ここを左手に少し降りていくと、義経隠れ塔と呼ばれる塔が。
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その名の通り、源義経が隠れていた塔と伝えられています。

この金峯神社までが大体吉野の範囲で、今回取り上げた6つの寺社は全て
「紀伊山地の霊場と参詣道」として世界文化遺産に登録されています。
この先までさらに行くと、大峰というまた別の山伏の修行地になります。
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この碑は女人結界の碑と言って、大峰は現在でも女人禁制の修行の場です。

たくさん歩いたら、美味しい甘いものを食べて栄養補給。
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↑吉野名物葛粉を使った葛もち&葛きり。美味しいですよ〜。
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今日の質問&史跡(鎌倉時代後期)。

2011/11/24 17:43
今日は1件質問がありました。ありがとうございます!
Q鎌倉時代の仏教はいくつありますか?
鎌倉時代の新仏教と一般に呼ばれるものは、
今日紹介した浄土宗・浄土真宗・臨済宗・曹洞宗・日蓮宗と、
あと今日は紹介しなかった時宗(念仏系)を加えて、一般的には6つと数えています。


さて、今日の写真ですが、これまで何度か大仏の話をしてきたので、
折角ですからいろんな大仏さまの写真を。

まずは東大寺の大仏。
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講義でも話したとおり、現在の大仏様は3代目です。
江戸時代の1691年(元禄4)に完成し、大仏殿は1709年(宝永6)に完成しました。
高さは約14.7m。

で、「奈良の大仏」と並び称されるのが「鎌倉の大仏」。
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鎌倉大仏は高徳院というお寺のご本尊なんですが、
このお寺も大仏も、いつ建てられたのかなどがどうも良くわかりません。
(鎌倉時代に作られたのは確かですが)
「誰でも知ってるんだけど、よくわからないことが多い」大仏様ですね。
高さは約11mです。

さて、この大仏さまの特徴は、「中に入れる」ということです。
↓ここから入ります。
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たったの20円で入れちゃうんですから、行ったらぜひ入ってみて下さい。
中はこんな感じです。
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んー、写真だと良くわかんないね〜。
というわけで、ぜひ自分で体験してみて下さい。


そのほか、関西だと兵庫大仏とか飛鳥大仏とかが有名です。
もう一つ、ここでは変り種として「日本一大きいお地蔵さん」を紹介しておきます。
それは、京都府木津川市の泉橋寺というお寺にあります。
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2枚目の写真に写っているのは先生なんですが、比べると大きさがわかりますよね。
鎌倉時代に作られたもので、高さは約4.6mです。

ではでは、もう来週は12月ですね。
風邪など引かないように頑張りましょう♪
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明日は史跡見学。

2011/11/16 17:12
明日17日の講義は史跡見学になります。
13時20分に貿易センター駅改札に集合です。
みなさんお間違えのないように!
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今日の史跡(平安時代後期)。

2011/11/14 01:43
講義でも何枚か紹介しましたが、今回は厳島特集です。

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まずは1枚目、宮島に渡るフェリーの上から撮影したもの。
現在JRの運行する唯一の鉄道連絡船であるこのフェリー、きっちり厳島神社の前を通ってくれます。
(講義でも話しましたが、広電のフェリーは直行で神社の前を通らないのでご注意を)

さて、講義でも話しましたが、厳島神社は潮の状態によって見え方が全然違ってきます。
そこで、満ち始め→満潮→干潮とそれぞれの違いがわかるカットをそろえてみました。

まずは大鳥居から。
満ち始め。
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満潮。夕焼け空とよく合います。
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干潮。歩いて鳥居まで行けるんですね。もちろん私も行きました。
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続いて本殿。
満ち始め。本殿はまだ海に浸かっていません。
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満潮。完全に本殿は海の上。ファンタジックな光景。
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で、干潮。陸に上がったカッパ状態(笑)。
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最後に、本殿の中から海を。
満ち始め。少しずつ海水が流れ込んでくるのがわかります。
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ほぼ同時刻に、もう少し海側から。
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これが満潮時にはこうなります。うーん、これまた幻想的。
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まだ見たことがない人は、ぜひ一度自分の目で見て下さいね。感動すること間違いなし!
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今日の史跡(平安時代中期)。

2011/10/28 00:29
今日取り上げた史跡や、紹介できなかった史跡の写真をアップしますね。

○平等院
これが講義で話していた「西日が差してる鳳凰堂」です(クリックで拡大)。
画像

後ろがパアッと明るくなってるのがわかりますかね?
秋分の日から一週間後の9月30日の、夕方4時前ごろに撮りました。
本堂付近の拡大写真はコチラ(クリックで拡大)。
画像

まあこういう美しさは写真では伝えきれないので、ぜひ一度生で見てみて下さい。

さてそれで、こちらは源氏物語のゆかりの地の紹介です。
・石山寺
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石山寺は、聖武天皇の発願で奈良時代の747年(天平一九)に建てられたお寺です。
その後、菅原道真の孫である淳祐(890年〜953年)の時代に発展しました。
「紫式部は石山寺に参籠して『源氏物語』の着想を得た」と伝えられています。

で、本堂にあるのが、この伝承にちなむ「源氏の間」。
画面右端に釣鐘型に口が開いて看板がかかってるところがそれですね。
画像

正面から見た写真がこちら。
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このほか、紫式部供養塔なんていうものもあります。
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来週は文化の日でお休みですね。
みなさん良い休日を過ごしてください!
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今日の史跡(平安時代前期)。

2011/10/22 02:56
気候も涼しくなって、日も短くなって、いよいよ本格的な秋ですね。
みなさん風邪などひかないように気をつけましょう。

さて、講義で取り上げた史跡を紹介します。

○東寺
・五重塔
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これは講義でも取り上げたので説明は省略。

・講堂
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ここの21体の仏による立体曼荼羅はいつ見てもド迫力です。
配置がまた実に上手いことできてるんですよ。
中央に五智如来、右に五大菩薩、左に五大明王、両端に梵天・帝釈天、四隅に四天王像。
うち15体が国宝。見てるとクラクラします。

・金堂
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建物は国宝ですが、本尊の薬師三尊像は後世の物。
逆に、講堂の場合建物は再建なんですが、仏像は多くが平安仏なので、ちょうどさかさま。

・大師堂
画像

講義で取り上げましたが、画像は見せそびれてしまいました…。
ある意味「東寺で一番重要な建物」です。

・宝蔵
画像

あんまり知られてませんが、東寺の宝蔵は校倉造です。
周りの濠にはハスが一面に。

○西寺跡
さて、東寺とペアで作られたお寺が西寺です。
こちらは東寺と違って摂関時代(1000年頃)から衰微し始め、
1233(天福元)年に塔が焼けてからはほとんど史料に登場しなくなり、
(もっとも、東寺だって摂関〜院政期はちょっと経営が傾いてたんですけど)
現在は公園になっています。
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今は講堂跡の土塁と礎石が3つ残っていて、土塁のところに石碑が建っています。
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○清水寺
こちらもお寺の由来はかなり詳しく講義で話したので省略しますが、
・お寺の名前の由来になった音羽の滝
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・坂上田村麻呂の像が置かれている開山堂(田村堂)
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・アテルイ・モレの碑
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さて、「京都にあまり来たことがないような人を最初に連れて行くとしたらどこか?」
と聞かれたら、私なら迷わず清水寺と答えます。
ベタっちゃあベタなんですけど、でもやっぱいろんな意味でよくできてるんですよ。

1 「清水の舞台」を多角的に楽しめる。
あれだけのびのびと中で楽しめる国宝建築も珍しいと思いますが、
それだけじゃなくて、いろんなところからの見え方を楽しめるんですよね。
例えば、この図は清水寺のHPから拝借してきてちょっと手を加えてますが、
(クリックで拡大)
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@奥の院
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A奥の院の先の参道
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B子安塔への参道
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と、いろんなところからの見え方が楽しめるわけです。

2 いつ行ってもハズレがない。
春の桜、夏の緑、秋の紅葉、冬の枯れた風情(場合によっちゃあ雪化粧)と、
四季折々いつ行ってもハズレがないところがありがたい。
まあ冬に行くと極寒の地と化している場合も往々にしてありますが(苦笑)。

3 程よく観光地化している。
まあ「観光地化しすぎている」という意見もあるかもしれませんが、
あれぐらいにぎわっていておみやげ物屋が並んでいる方が、観光客としては楽しいです。
(結局のところ、僕だって住民ではないので観光客目線)
インパクトで言えば清水寺以上のお寺はもちろんありますが、
例えば海外からのお客様を金閣寺にお連れすると、見たあと周りに何もないでしょう。
その点、清水寺なら高台寺やら八坂の塔やらを経由して八坂神社に出て、
そこから食事なりお茶なりにお連れすれば良い訳でして。
あと、おみやげ物で言えば清水焼という特産品の存在も大きい。

4 拝観料が安い。
清水寺の拝観料は大人300円、小・中学生200円。
金額的にはだいたい京都の寺院の平均の半分程度でしょう。

5 地主神社がセットである
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地主神社は本堂の裏手にある神社で、ここも由緒は相当古いです。
そして何より、「縁結びの神社」として有名。
例えばこんな「恋占いの石」なんていうものもあります。
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これからの紅葉シーズンはちょっと人多すぎですが、機会があれば自分で行って堪能してみて下さいね。
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今日の史跡(奈良時代)。

2011/10/14 14:14
今日も質問はなかったので、取り上げた史跡の写真を紹介しましょう。

・平城宮大極殿・朱雀門(復元)
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講義でも言いましたけど、「遺跡だけ残っている空き地」よりも、
「建物が復元されているところ」の方が、きっと観光客にとってより楽しめるんですよね。
そうやって復元された建物の中には、いい加減なものもあるんですが、
この平城宮大極殿・朱雀門はとっても立派なものです。
見た瞬間「でけえなあ」と思います。

さて次に、「奈良に現存する奈良期の建造物」の写真集です。
・東大寺転害門
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・東大寺三月堂
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・正倉院
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手前の柵のところまでは行けるので、結構近くで見られます。

・薬師寺東塔
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「奈良に現存する奈良期の建造物」は、他には唐招提寺金堂・講堂・経蔵・宝蔵、新薬師寺本堂ぐらいです。
残っている数が少ない理由は、
ほとんどの建物が1180(治承4)年の平重衡の南都焼き討ちで焼けちゃったからです。
まあもっとも、今日説明したとおり、
京都だと「平安京域に現存する平安期の建造物」というのは存在しないのですが。
(もちろん応仁の乱のせい。
 平安京域で一番古い建物は、1221(承久3)年に建てられた千本釈迦堂(大報恩寺)です。)


最後に、おまけ。
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東大寺二月堂(「お水取り」の行事が行われることで有名)から奈良市街を見た景色です。
これがなかなかいい眺めで、ちょうど京都で言うと「清水の舞台からみた京都」のような感じです。
東大寺に行ったら大仏殿だけではなく、ぜひいろいろと回ってみて下さい。
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今日の史跡(飛鳥時代)。

2011/10/07 05:52
今週から本格始動ですね。よろしくお願いします!
今日は早速質問をもらいました。ありがとうございます♪

Q学生が抱きついて壊れた像の手は修復されました?
A広隆寺の弥勒菩薩半跏思惟像のことですね。
 1960年に学生さんが抱きつこうとしたときに右手の薬指が折れてしまったんですが、
 破片を継いできちんと修復したので、今では人の目で見ても折れたことはわからなくなっていますよ。
 すごい技術ですね。

Q『日本書紀』にはいくつもの誤った記述が書いてあったことが判明したと聞いたことがあるんですが、
 そこのところはどうなんでしょうか?
A「事実と異なると思われる記述」は、確かにたくさんあります。
 たとえば、「聖徳太子が皇太子となった」というのは、当時は天皇や皇太子といった言葉がまだないので、
 事実とは明らかに異なります。
 『日本書紀』に限ったことではありませんが、どんな史料でも、悪気なく間違えた部分や、
 わざと嘘を書いた部分、昔のことを遡って書く時に昔の言葉ではなく当時の言葉で書いた部分など、
 いろいろな間違いが生まれるものなので、そこを考えるのが難しい所なんですね。

さてそれで、ここでは今日の講義で取り上げた法隆寺その他、斑鳩近辺の史跡の写真をご紹介します。

・法隆寺西院
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ここが実質的に法隆寺の中核ですね。
具体的には、
大講堂
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金堂…有名な釈迦三尊像があるのはここ。
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五重塔
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(回廊外だけど)大宝蔵院…玉虫厨子とかがあるのはここ。
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・法隆寺東院(夢殿)
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こちらは境内内撮影禁止。
八角形の建物が特徴なんですが…まあ実物見ないとわかんないか。

続きまして、京都の太秦にある広隆寺です。
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なんたってお目当ては弥勒菩薩半跏思惟像。
(仏像の写真は紹介できませんけどね、撮影禁止だから)
結構ちっちゃいな〜という印象になると思います(像高123.3cm)。
そういうのも、実際に目で見ないとわかんないですよね。
写真だと、どれも似たような大きさに見えてしまうから。
新霊宝殿にはかなりの数の仏像がずらりと並んでいて壮観です。

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広隆寺の由緒は、秦河勝が聖徳太子から仏像を譲り受け建てた蜂岡寺がその始まりと考えられています。
(蜂岡寺の当初の位置は北野廃寺跡とする説が有力)
講義でも話したように、近辺には秦氏関連の社寺や遺跡が散在しています。
例えば広隆寺の東に行ったところにある蚕ノ社(木嶋坐天照御魂神社)。
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境内内の元糺の池にある、鳥居を正三角形に組合せた三鳥居(由緒は不明らしいです)。
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この辺の話については、京都市歴史資料館のサイトが非常に詳しくておススメです。
http://www.city.kyoto.jp/somu/rekishi/fm/nenpyou/toshi_n_frame.html

という感じです。
みなさん、ぜひぜひ直接自分の目で見て見て下さいね。
せっかく身近にあるんですから。
仏像類などは、宝物館などで現物をほんとに近くで見ることができますよ!
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アンケート集計結果。

2011/09/30 17:29
いよいよ新年度が始まりましたね。
半年間頑張りましょう!よろしくお願いします。

さてそれで、今日のアンケートの集計結果です。

Q1 高校で日本史を選択していた?
⇒はい25・いいえ8

「いいえ」と答えた人のほとんどは留学生の人でした。
もちろん留学生でも大丈夫な内容ですから、安心して下さい。

Q2 歴史が好き・興味がある?
⇒はい18・いいえ13・その他2
今回は「はい」の人の割合が高いですね。うれしいです。
興味を持ってもらえるように、先生も頑張りますので、みなさんも頑張ってみてください!

ちなみに、「好きな時代」は

平安時代 2
戦国時代 3
江戸時代 3
幕末・明治維新 1
明治 1
昭和 1

という結果でした。
やっぱり戦国時代〜幕末が人気です。

人気のある人物などは、
聖徳太子
今川義元
織田信長
豊臣秀吉
徳川家康
伊達政宗
真田幸村
前田慶次
石田三成
スパルタ
古代ローマ

でした。
新撰組がなかったのがちょっと意外。

Q3 教科書以外で日本史に関係する本を読んだことがある?
⇒はい10・いいえ22・無回答1

具体的な作品名は、

花の慶次
豊臣秀吉のマンガ
鬼眼の狂
マンガ日本の歴史
三国志

でした。
講義の中でもいろいろ紹介するので、ぜひ読んでみて下さいね。

Q4 旅行が好き?
⇒はい32・いいえ1

ほとんどの人が「はい」ですね!
大学の期間はいろいろと時間の余裕があるので、
今のうちにいろいろなところに行ってみて下さい。

Q5 修学旅行以外で歴史に関係する場所を訪ねたことがある?
⇒はい23・いいえ10

行き先は、

東京:明治神宮
神奈川:鎌倉の大仏
三重:伊勢神宮
滋賀:彦根城
京都:金閣寺・仁和寺・二条城・天橋立
奈良:東大寺
大阪:大阪城
兵庫:姫路城・異人館・長田
広島:厳島神社
島根:松江城
高知:坂本龍馬の墓
長崎
弁慶の寺(どこでしょう??)
でした。

これも、講義の中でいろいろ紹介するので、ぜひ自分の目で本物を確かめて下さい。
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来週は試験です。

2011/07/29 03:56
今日で全15回の講義が終了しました。
みなさんお疲れさまでした。
いよいよ来週が試験ですね。
いい成績が取れるようにがんばってください!
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